スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

   『八軒家浜・中之島・北浜』 探訪レポート              2014、3、5

本年度最後の探訪になりましたが、天気はあいにくの雨でした。
3回目の八軒家浜の集合で皆さん元気に班ごとに出発しました。
     八軒屋浜集合  
今日は天満橋から中ノ島・淀屋橋・北浜あたりを歩くコースで大阪の中心部を探訪です。
大阪史跡探訪最後を締める皆さんなじみの所であると思います。
まず天満橋を渡り南天満公園を西へ・・・
八軒家浜は三十石船の発着所であり舟唄碑があります。
ガイドさんがすてきな(?)舟唄を披露してくださり雨の中も気勢があがりました。
天神橋・難波橋と難波の三大橋をめぐり中ノ島へ入りました。 
     難波橋ライオン像
      難波橋
木邨重成標忠碑をすぎ東洋陶磁美術館へ。入り口左横に関一市長の銅像がありその前方に
中央公会堂を望む、まさにこの辺りは大阪の誇れる文化の香りがする場所と思いました。
公会堂の上にある像はミネルバ(学問担当)とベルキューレ(商売担当)と聞きこれも知らな
かった事でした。 

木邨重成標忠碑  中央公会堂  
木邨重成標忠碑           中央公会堂
中ノ島図書館、市役所、日銀大阪支店と皆さんお馴染みの場所を見て、美津濃前の屋敷跡
林市蔵記念像(大阪知事で民生委員の祖)を見たあと 
日生本社ビルの壁にある懐徳堂跡の碑、愛珠幼稚園、緒方ビル(除痘館跡)、適塾とまわり
いずれも近い場所で、まさにこの辺りが大阪の近世からの中心なんだと実感しました。

淀屋屋敷跡  懐徳堂跡 
  【淀屋屋敷跡                 懐徳堂跡
 

除痘館跡 適塾跡緒方洪庵像
   除痘館跡                緒方洪庵】 
あと彦名神社、旧小西家住宅と道修町にあるところを回り
堺筋を北へ行き新井ビル(旧報徳銀行大阪支店)を見て大阪証券取引所ビルへ。
                         
     大阪証券取引所 
      【大阪証券取引所
ここで解散です、今日も無事に探訪できました。ガイドの大阪観光ボランティアガイド協会の
皆様にお礼をして各班旗を返還し修了となりました。
この1年間皆様お疲れ様でした。又CDの森・源光・大城さんもお世話いただきありがとう
ございました。
探訪は終わりましたがまだ来週の修学旅行があります、皆さん元気でまた会いましょう。
                      (レポート 2班  写真・堀  文・佐味)



スポンサーサイト

     『池田城下町』 探訪レポート               2014・2・19

 

真冬の探訪とはいえ朝からの冷え込みはきつく、集合場所の阪急石橋駅では皆さん寒そうです。
二子塚古墳で本日ご案内していただく「いけだ観光ボランティアガイド」の皆さんのご紹介がありました。

 

「二子塚古墳」は、住宅街の真ん中に浮かぶ島のように小高い丘となっていました。
古墳時代後半
6世紀につくられた横穴式前方後円墳で、頂上に稲荷神社が祀られていることから稲荷山古墳とも呼ばれているそうです。
玄室は巨石で組まれておりどのように持ち上げたのでしょうか?
2 二子塚古墳 3 二子塚古墳ー石室

池田は能勢や丹波の物産を運ぶ中継点として栄え、能勢街道はその動脈であったとの話を聞きながら
「水月公園」へ。
池田市は蘇州市と友好都市で結ばれ、水月公園には人工滝や中国風の坊門がありました。
       5 水月公園

「釈迦院」は神功皇后が釈迦の「鉄鉢」を鉢塚古墳に埋め、奈良時代に行基がこれを掘り出し聖武天皇の勅願寺
「若王寺」として創建したのがはじまりと言われています。
池田市で最も古い梵鐘や国の重要美術品の宝筐印塔等が目を引きました。 
       6 鉢多羅山若王寺 
             若王寺 
              
7 宝きょう印塔 8 池田市で最も古い梵鐘 

          宝筐印塔                                    梵鐘    

                         

「五社神社」境内にある「鉢塚古墳」へ。
狭い入り口を抜けるとかなり大きな玄室が広がっています。
大きさは奥行き7m、幅4m、高さ5mの古墳時代後期につくられた横穴式上円下方墳で、その巨大な石を見事にアーチ状に組み上げた技術に圧倒されます。
また、この玄室内には重要文化財である石造十三重宝塔が安置されていました。いずれも鎌倉時代の物だそうです。
 10 鉢塚古墳石堂入口  11 石造十三重宝塔


辻ヶ池公園、薬師如来立像を経て、「星の宮」へ。
「星の宮」には二人の織姫が構えた工房があったと言われ、夜遅くまで機を織っていると多くの星が天から降りてきて織殿を真昼のように明るく照らしてくれたとの伝承が残っており、その星達を「明星大神」として祀っているそうです。
13 あわん堂 14 星の宮



「池田城跡公園」
「池田城」は室町時代から戦国時代にかけて、旧豊島郡を支配していた国人池田氏の居城でしたが、織田信長に降伏し更に荒木村重の支配を経て廃城となったとのこと。
井戸、枯山水、虎口等が復元されているが、当時を偲ばせる目ぼしいものはありませんでした。
しかし、丸岡城を模した櫓風展望台からの眺めは絶景で、桜の季節にまた訪問したいと思いました。
15 池田城跡公園 16 池田城跡公園

最後は「逸翁美術館」の見学です。
春にちなんだ素晴らしい美術品が数多く展示されていたが時間の関係でじっくり見られなかったのが心残りでした。

       17 逸翁美術館

                                 (レポート 1班・渡辺  写真・橋本 )


     「古市古墳群」 探訪レポート                  2014・2・5

第12回探訪「古市古墳群」         

 

今日は今シーズン一番の厳しい寒さのなか、「フィールドミュージアムトーク史遊会」8名の方による案内で、近鉄古市駅前を10時に出発。 
     ② 史遊会ガイド様  

 

まず「日本武尊白鳥陵古墳」を見学。
ここは墳丘長約200mの前方後円墳で、古市の古墳の中では一番美しいと言われる。古代の官道「竹内街道」が北側の外堤の上を通っています。
③日本武尊白鳥陵古墳 ④竹内街道

   日本武尊白鳥陵古墳                                   竹内街道


次に応神天皇陵古墳
ここは古市古墳群の中で最も飛び抜けた規模の前方後円墳で、墳丘長は425mと仁徳天皇陵古墳(486m)に次ぐ2番目の巨大古墳で、その広さに感銘を受けた。   
     ⑥応神天皇陵古墳

 赤面山古墳」は高速道路建設の際に発掘・保存されました。
     ⑦赤面山古墳

「古室山古墳」は墳丘に登ると眺望が素晴らしく、「あべのハルカス」も見えました。
     小室山古墳

その他、仲姫皇后陵古墳、清寧天皇陵古墳、峯ケ塚古墳等、古市には古墳が数え切れないほどあることを知りました。


最後に、長持山古墳から発見された2基の家形石棺を、小学校内の石棺展示施設で見学でき、今回古市に来て大変良い一日であったと思った。
      ⑨長持山古墳 
            長持山古墳

      ⑩家形石棺  
             家形石棺
 
          

史遊会の皆さま、寒い一日、明解なご案内をありがとうございました。
これを機会に古墳に関する興味が少しでも出てくれば、今後が楽しみです。

 

                (レポート 3班・久保田  写真 3班・鍵谷)       


環濠自治都市 「平野郷」探訪                       2014.1.22

  

厳しい寒さに負けず「平野郷」探訪を実施しました。

予期しないJR大和路線のトラブルで30分遅れのスタートとなりました。

「平野いろいろ案内人」の塚原先生に先導され、まずは坂上田村麿の娘

「春子姫」の墓所へ。
姫は兄の廣野麿を頼ってこの地に住み長寶寺を開山したとのこと。
ちなみに「平野」の地名はこの廣野が転訛したものと伝えられる。

次に「杭全神社(くまたじんじゃ)」の大クスノキを見物する。樹齢850年を超える神木である。
     1593.jpg

 

昼食後は「全興寺(せんこうじ)」に集合。
     1599.jpg
本尊は薬師如来で聖徳太子ゆかりの寺。

真田幸村が仕掛けた爆雷により飛来したという伝説をもつ「首の地蔵尊」がある。
境内には「地獄堂」「駄菓子屋さん博物館」もあり、様々な見所を楽しみました。

戦国時代、平野は環濠に囲まれた自治都市として繁栄し、その出入口13か所に木戸口と地蔵尊が置かれたが、今はそのうち12か所残っている。
1616 (3)  田畑口地蔵
  
樋尻口地蔵尊                          田畑口地蔵尊

平野公園の一画に新羅より渡来の女神「赤留比売命(あかるひめのみこと)」が祀られ、その背後に土塁があり環濠の名残りがみられた。
     1611.jpg 

また「平野の黄金水」といわれる良質の井戸水に恵まれ、飲料水のみならず酒造りにも利用されたらしい。
     平野の黄金水 

中央本通商店街には大阪市内で最も古い新聞販売店である小林新聞鋪」の建物があり、現在は「新聞屋さん博物館」となっている。
     小林新聞舗 

平野七名家の筆頭である東西の「末吉家」を訪れ往時の活躍ぶりを偲びました。
     1617 (3) 

坂上家の氏寺である「長寶寺」は尼寺霊場として代々女子が法灯を継いでいる。
     1628 (3)

境内で塚原先生から、寺に伝わる「よみがえりの草紙」の紙芝居を紹介していただき、往時の庶民の信仰心を思いました。
1632 (3) 紙芝居

最後は「大念佛寺」
本堂をバックに集合写真をパチリ。それから本堂内にお参り。

寺の瓦菊と葵のご紋が交互に描かれている。
     大念仏寺瓦 

  1642 (3)  
                     (写真はクリックすると拡大出来ます)

平野郷の自治と力を認めさせてきた平野の人々の誇りとしたたかさ、そして今も郷土を大切にする心が伝わる一日でした。

 

              (レポート 3班・籠谷 写真 3班・島谷)

 

社会参加活動


社会への参加活動、大阪城公園の清掃に参加して

                                               2014118日 晴れ後曇り

青空覗くも冬日「大阪の史跡探訪科」『社会への参加活動』一行は、まず甲冑隊リーダーのお話を拝聴いたしました。内容は清掃する心構えについてでした。

 大阪城落城の折多くの命が失われ、その人達が大阪城周辺に未だ埋没されたままとなり、周辺は墓場と考えられるとのこと。
墓場を美しく保つことが清掃する意義だとおっしゃいました。
ただ単に掃除・ゴミ拾いをして観光された方々が、気持ちよく帰って頂ければ良い、とのみ考えていた私は、想いを新たにいたしました。 
 

淀君が殉死を遂げた32名の人名板を読み、供養の像に頭を垂れる。

          宿君供養

      秀頼・淀殿ら自刃の碑に合掌。
        ③続いて秀頼・淀殿ら自刃の地にも参拝 (3)

その後可愛い甲冑姿の子供も混じる甲冑隊先導のもと、二手に分かれてゴミ拾いを開始。
        ④極楽橋から左右2班に分かれて清掃開始 (3)

割合早い時間にもかかわらず外国の方々も多く見かけられ、甲冑隊のコスチュームは注目の的。
一緒に写真をと望まれゴミ拾いの他にもモデルで大忙し。


 初めのうちはゴミも少なくどこを清掃すれば良いのか悩み始めた頃、植木の茂みから出るわ出るわ、蛍光灯入りの袋やら、かんずめの缶・ガスボンベ・ドリンクの瓶まで見つかる始末。 
極楽橋近くになると道路端に煙草の吸い殻が散乱し、ジョギングをする人・観光客に踏みつけられ土に埋まった状態。
        ⑤桜門を目指して清掃 (3)

大阪城公園内は禁煙にすべきだとみんなで話す。
それにしても走っているランナーは全くゴミに気付かない様子。

1130分、甲冑隊の方々と合同記念撮影。拾ったゴミも活動の証しとして撮影する。
撮影後パラパラと雨が降り始めグッドタイミングの解散でした。
            ⑦本日の成果はこんなにもあった (3) 

   ⑧終了後甲冑隊の皆様と記念撮影 (3)

  『追記』 甲冑隊のコスチュームについて「ちょっと良い話」
コスチュームは全て個人の手作りで、材質は段ボールやプラスチック板を熱で曲げて製作されたと聞く。
あまりの精巧さにびっくり! また甲冑隊の方々が差しておられる日本の刀は、刃部分が火鋏(ひばさみ)になっているのに又々びっくり。工夫の跡が忍ばれて脱帽。

                                 ( レポート2班 轡田 : 写真 堀 )

プロフィール

koudai

Author:koudai
大阪府高齢者大学2013「大阪の史跡探訪科」のブログです。
元気な仲間55名が集まりました。大阪で暮らしながら行ったことのない史跡を巡ります。
講座の内容・探訪した史跡・クラス活動について記事を書いていきます。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。